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2016年3月27日 (日)

崔健「光凍」アルバム評 その3

 実は先週、娘と二人で台湾へ行ってきました。Lazyな娘の好みに合わせて行動したためあまりあちこち歩き回らず、かつてはハシゴして回っていたCDショップにも行かずに終わりました。最後に桃園空港で、搭乗口手前の免税店の中にある書店(といっても雑誌や旅行ガイドブックくらいしかない小さな店。亜熱帯書店やローズレコードではありません)にCDが置いてあるだろうと思って立ち寄ってみました。すると、以前から必ず有るテレサ・テンや費玉清に混じって、有ったのです!「光凍」が!おお〜〜、感動。。。さらに私の好きな「中国好歌曲」のオムニバスもありました。全部で20枚くらいしか置いてないのに、よくぞ仕入れてくれました、誰かは知らないけど謝謝。。。と、以上私だけが心温まる出来事でした。

 アルバム評の最後です。
 ずっと繰り返し聴いていて気づいたのですが、「酷瓜樹」以降の後半の曲に共通しているキーワードが「泥」・「混」なんですね。「渾」もそうです。いずれにしても濁ってどろどろ、まとわりつくような、なかなか抜けられないような。汚れると分かっていても、一度入り込んでしまったら居心地が良くなってしまう。そしてそれが当たり前になってしまう。そのまま無意識になんとなく過ごしているけれど、何かをきっかけにふと意識的に呼吸してみる。「呼呼 呼呼 吸吸 吸吸」。すると突然、自分の置かれている状況環境が自分で作った結果であることが見えてくるかもしれない。呼吸というのは意識と無意識の架け橋。だから時に立ち止まって、深呼吸してみることがとても大事です。
 「陽光」が他者から受けるコントロールの象徴なら、「泥・混・渾」は心の弱さから自分で浸りこんでしまうぬるま湯とでもいいましょうか。いずれも無意識的に心に監獄をつくっている人間に対する鋭いフィードバックであり、警告でもあると感じました。「何かをきっかけに」と書きましたが、このアルバムが聴く人に自分を振り返るきっかけをもたらすのだとしたら、崔健は実にヒーラーとしての多大な役割をも果たしていると言えるのではないでしょうか。
 歌詞カードでも泥人形になった崔健バンドが水の中で演奏しています。この人形は河南省の憨刀という「国家非物質文化遺産伝承人」の手によるもの。MV撮影現場に同席してインスピレーションを受け取り、満足のいく作品に仕上げたということで、アルバムの世界観が質感をもって伝わります。↓
 またこのアルバムにはかつてバンドのベーシストだった張嶺が譚維維とともに「光凍」のコーラスで参加、古くからのファンには嬉しいことです。さらにドラムスのIzumiさんや「中国之星」の常石磊の名前も「感謝」の欄にクレジットされており、どんな形で関わっていたのか興味が有りますので是非訊ねてみたいです。
 

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