経済・政治・国際

2019年12月31日 (火)

山本太郎はロックだ(4)

 「ありがとうございます。まず、それだけ大規模なものが近づいて来るっていうのはいきなりな話じゃない、予測が立てられるってことなんじゃないかと思うんですよ。人を動かせるようにする、人とういうのは自衛隊であったりとか、厚生労働省、国交省、それから各自治体の行政分野のスペシャリストたち、この人たちをどう動かすのか、ということを考えなきゃならないということだと思います。まずすることは被災をした人たち、今もまだ苦しい人たちというのがいると思うんですね、こういう人たちにとっては何が必要かといえば、ボランティアとかNPO任せでは、要は民間の土地には公的な支援が入れられないというのが大きいと思うんですよ。自衛隊も個人宅に入って床を外して泥を掻くとか、屋根の修繕とかまでできるような、部隊の運営にする必要があるんじゃないかと思うんですよね。だから資材であるとか、重機であるとかをすぐに調達できるようにしておくということですね。で実際に被害というものは食い止めるってことは難しいと思うんですよ、自然災害なので。災害があった直後には物資がどんどん投入されるという形、これはおそらく一番地元の事がわかっているのは地元の首長なんですよね。けれども首長も被災しているという状況でしょうし、自治体の職員も被災しているという状況、だから現場対応だけで精一杯の人たちに対して、これまでの災害の蓄積です、蓄積、どういったものが必要になるかとか、まあ国が言っているような物資型支援ですね、それをもうちょっと本当に現場に必要なものをもっとどんどんこれはいらんか、これはいらんか、というような確認ができているというような支援ですね。いきなり国がダッ、て入ってくるような話はこれは難しい話なんで、やはりこういうことがこれから予想されるから、こういうサービスを派遣したいんだ、というような準備が必要なんだろうなと思いますね。人と物、人と物。で、金、というものが集中できるような準備をしておく、ということが一番重要なことだと。だから私が総理になったら何するんですか、って話ですけども、災害が来る、おそらくこういうルートであろう、ということがわかるんであるならば、そこに対してどういう国からの支援ができるんだということを自治体と共有しながら、それを迅速に届けるということをやっていける、サポートできるということが大切だと。自衛隊の活動域ってものも、その内容ってものももっと、なんだろうな、一人一人のそのお家の方が望まれるんだったら民家の中にも入ってやる。例えば、工場ってものにも入れない。民間がやっている工場にも全然手をつけられないんですね、それもボランティアベース。だとしたらそれ、もう、そのまま倒産しちゃいますよ。工場の中にね、土砂とか流入してきて、そこから復興、ちゃんともう一回仕事できるような形にするまでに圧倒的な時間がかかるから。そう考えたとしたらもう無理だなってことで、災害にあった流れでそのまま廃業されちゃうという方々もいらっしゃると思うんですよね。そうなると日本の経済にも打撃があるわけですから、そこはもう自衛隊が柔軟に入って、そういった復旧作業というものにも手を出せると。それだけじゃなくて屋根の張替えですね。職人不足で屋根張り替えられなくて、低所得者の人たちは一年も二年もそのままビニール張った状態で生活しなきゃならない状態ですから。もうそこはどんどん国が支援してやっていきますという形。人も出しますから、自衛隊にもそういう仕事やってもらいますから、ということになったとしたらもっとスピードアップできると思うんですね。そういうことをやっていきたいというふうに思っています。すいません、ちょっとあまり具体的じゃなくて」

 いえいえ、十分具体的でした。この時の質疑応答全体で30分弱程度の時間が取られた中、この質問への回答時間は約5分間。私は後ろの方の席にすわっていたのですが、前の方の席の人たちが何人も、うん、うん、とうなづきながらこの話を聞いていました。録音の書き起こしをしてみて「自分ごと」として捉えている人の強みを感じました。目の前にいる人にとって、今一番何が必要なのか。どんなサポートが欲しいのか。それは相手の「思い」を受け取れる人だけにできることです。「みんなに忖度」ってこういうことなんだなと思います。

 近づいてみた山本太郎さんは、動画で見るよりも文字通り面の皮が厚い、というか煤けたような顔色で、本当はすごく疲れているのかもしれないのですが、サイン会参加者は50名と少人数でしたので、屋外の街宣よりも落ち着いた雰囲気の中でありながら、いつも通りにとても力強い受け答えでした。そして太郎さんの手はとても大きくて、(顔と同様に)皮が厚くて、全てを包み込むような暖かい握手でした。

 今年の後半災害が続いた千葉在住の私にとっては、このサイン会の場が「山本太郎に質問をする」という念願がかない、しっかりと返答も得られたし、会場で同じ千葉のボランティアチームの方とも知りあえて新しい一歩を踏み出すきっかけを作ることができた貴重な機会になりました。さらに「仮定の質問」というところで、少しですが太郎さんの笑いを取れたのも嬉しかったです。 

 

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2019年12月22日 (日)

山本太郎はロックだ(3)

 山本太郎は戌亥天中殺(実は崔健そして私もです)。戌亥天中殺らしく小沢一郎の懐から飛び出し、一人で旗揚げしたれいわ新選組は参院選で10人の候補者を擁立。個人としては山本太郎が最多得票数を獲得しながらも本人は落選。宿命通りです。しかし新たに二名の当選者を参議院に送りこみ、政党要件を満たすことにより、新しい一歩を踏み出しました。来年の衆院選を目途に不休の戦いを繰り広げています。

 私が初めて政治家山本太郎に注目したのは2013年の参院選で東京選挙区から立候補し、当選した時でした。俳優時代は朝ドラ「ふたりっ子」や「世界ウルルン滞在記」などでよく見ていたので多少親しみがありましたが、その時当選するとは思っていませんでした。でもそこからどんどん目立つようになり、長期化する現政権に対してひるむことなく不都合なことをずけずけ言ってくれる。野党にも遠慮しない。とんがった行動は常に賛否両論あり、批判の矢面にも立つが、わざと空気を読まない。決してぶれない。これがロックでなくして何だ!と、事あるごとに関心を持たずにはいられなくなっていきました。動画で見て涙を流したことも何度もあります。さらに山本太郎支持を表明する著名人の中には、前川喜平さん、島田雅彦さんら、政治家ではないけれど政治的主張に私が賛同できる人が数多くいることも、希望につながりました。

 東京国際映画祭で上映された「れいわ一揆」も面白かったし、この3ヶ月間ほとんど毎晩YouTubeを見ていたので、れいわ新選組の主要政策がかなりインプットされました。もし10月に崔健に会えていたら、どう思うか聞いてみたかったほどです。ここで中身は述べませんが、いつも街宣で取り上げられる説明資料がすべて財務省や総務省、内閣府などの省庁や国会が提供しているものなので、説得力があります。消費税廃止、そんな夢みたいなことができるのか、という人もいますが、話を聞けば聞くほどそんなに荒唐無稽なことではないと思えてきます。

 実は船橋では私も質問したかったので、「一人一分間」の制限に収まるように原稿を書いて前日の日曜日一人で練習しました。内容は台風15号の初動について、もし太郎さんが総理だったらどうしていたか、というもので、元気よく手を挙げたのですが当てられませんでした。しかしチャンスは数日後にやってきました。12月15日、神田神保町の集英社で、新刊書「#あなたを幸せにしたいんだ 山本太郎とれいわ新選組」のサイン会があり、折良く日曜日で参加することができたのです。質問コーナーの最後に、私が当たりました。嬉しかったあー!私にとってのれいわ元年重大ニュースになりました。

 

 残念ながらYouTubeにはアップロードされていないのですが、このような内容です。「もし山本内閣、太郎総理だったら今年の台風15号の初動としてどんな指示あるいは依頼を各省庁や県にされていたでしょうか。というのは、当時千葉県知事は自宅の周りを徒歩で視察していたというし、安倍内閣に至っては組閣をしていたということに私は憤りを覚えました。そんな時太郎さんは、組閣?何やってんだよ、この緊急に、千葉へ行けよ、と本気で怒ってくれた。私は涙が出ました。本当にこの人が総理だったら、とその時初めて思いました。仮定の質問にはお答えできません、と言われたらどうしようかと思ったんですけど、太郎さんならきっと答えてくださるだろうと思ってこの質問をします。よろしくお願いします」

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2019年12月15日 (日)

山本太郎はロックだ(2)

 私が山本太郎から一番力づけられるところ。それは「自分が源泉」から政治をやっているところです。「福島の原発は自分が爆発させた」「このひどい世の中を自分が作った」なんていう政治家は彼だけです。自分が作った結果だから、自分で変えられる。全ての政治家がこの在り方から活動すれば、世界は本当に平和になるはず。さらに。彼はエンロールメントから人と関わっています。「あなたは存在しているだけで価値があるんです」という政治家も他にはなかなかいません。人を生産性だけで測らない世の中にしよう、やっていいんだ、いていいんだ、と信じられる、それだけで救われる人がどんなに多いことか。逆に言えば、否定されながらあるいは、受け入れられていないと感じながら生きている人がたくさんいるということなのです。少数派とか、弱者とか、負け組とか、一体誰が決めたのでしょう。生きづらさを感じながら、我慢しながら生きていたり、死んでしまったり。誰だって正々堂々と、生きたいと思える世の中にしようよ、と言っているのです。

 それこそはロックだ!そう思われる方、是非YouTubeで山本太郎の街頭演説動画をご覧になってみてください。船橋の街宣では、途中で雨が降ってきていしまい、モニターを撤収してしまいましたので詳しい政策を見るためには別の会場のものが良いかもしれません。

 毎回、会場の聴衆と一対一で対話する、「質問コーナー」があるので、全国を回っている間には否定的な発言をする人も出てきます。そんな時でも、どんな発言にも、本物の酔っ払いに対しても、丁寧に答えようとしている、そんな懐の深さにも心が動かされます。本気度が桁違いなのです。かたやアンチ集団を指差して、「あんな人たちに負けるわけにはいかない」と言った政治家もいましたよね。

https://www.youtube.com/watch?v=OOv7lQsRZtU&feature=youtu.be

 

 この動画は私が船橋で撮影しました。雨が降り出し聴衆に気を使いながらも、なお一言一言に魂を込めて話し続ける山本太郎です。大きな身振り手振りで、スタンドから足を踏み外しそうになりながら。私はこの国の将来を、本当はどんな世の中にしたいのかを自分に問いかけずにはいられなくなります。

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2019年12月14日 (土)

山本太郎はロックだ(1)

 12月9日の寒い月曜日の夜。私は会社を40分早退して船橋駅に向かいました。6時半スタートの山本太郎の街頭演説を聞きに行くためです。今年9月から始まった全国行脚で、北海道、沖縄、九州、東北、東海、関西、と、ほとんど毎日街頭に立ち、聴衆からの質問に答え、自らの手でポスターを貼り、とうとう千葉にもやってきたのです。すごく楽しみにしていました。私にとって船橋は、五、六年前から毎週日曜日にヨガに通っている行き慣れた駅です。たまに右翼が黒い車を停めて酔っ払いみたいなクダを大声でまいているその場所に、今日はYouTubeで見慣れたピンクのノボリ旗とモニター、音響機材、そしてお立ち台が二つ。低い方は手話通訳者のスタンドです。最前列は車椅子スペース、高齢者や子供連れ優先席がありそのすぐ後ろの並びに着きました。6時を過ぎると、7月の参院選の時の品川や新宿のような数千人規模ではありませんでしたが、数百人の人垣があっという間にできました。

 たくさんのボランティアがチラシを配ったりポスターを渡したりしていて、私もお手伝いしたい気持ちは山々でしたが、今回だけは最初なのでとにかく最後まで生で山本太郎のクリアーなエネルギーを受け取りたいという思いから、一聴衆として2時間半立ち尽くしました。寒かったあ!!でも街宣は熱かった!!

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