LIVE情報

2021年4月29日 (木)

BLUE NOTE上海 LIVE「另一个空间」

 2018年12月にBLUE NOTE北京で開かれたジャズライブは記憶に新しいところですが、BLUE NOTE上海でも4月23日と24日に二公演が開催されました。

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 注目はやはり新曲「飛狗」、そして2017年に香港国際詩歌之夜で発表された「留守者」です。大陸初演。この曲は1987年に発表された「風土人情」というオムニバスアルバムに「恐懼」というタイトルで発表されていた曲を改編したものだそうで、「留守者」というのは家にいない人の留守中に「家を守る側の人」つまり留守番している側の立場のことです。「今、世界中で閉じこもりながら留守番している人たちに捧げます」。

https://weibo.com/tv/show/1034:4629890235039839?from=old_pc_videoshow

こちらのサイトで24日の公演が見られます。

 

 それにしても会場に来ている観客の皆さんが羨ましいです。二日間で演奏されたのは初期のヒット曲もありますが、「新鮮Rock'n'Roll」「緩衝」「籠中鳥」「無能的力量」「酷瓜樹」「九十年代」など、一般受けはしないけど、通好みな曲が大半を占めていました。それなのにみんな曲に合わせて歌っています。やはりこの日を待っていた熱心なファンが沢山集まってきているんですねえ。。。

 

 

 

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2020年12月30日 (水)

2020崔健的後半年

 2020年、活動を大幅に制限せざるを得なかった崔健ですが、徐々に再開しています。6月の無観客ライブネット配信の大成功以降、8月14日にも同様の配信がありました。

死不回頭

超越那一天 

不是我不明白

 

 11月1日には杭州で室内音楽祭、11月14日には徐州で久々の屋外での大規模な音楽祭に出演。「花房姑娘」「撒点野」が尤尤の微博にアップされていました。マスクをしていない観客の多さにびっくり。大丈夫なんでしょうかね。

 

 また12月12日には観客有りでネット配信。「中国不動産新時代の祭典」と名付けられたオールスター総出演の番組で、崔健はスタートから2時間45分後に登場します。こちらは「魚鳥之恋」「陽光下的夢」「時代的晩上」の三曲を披露。選曲もいいですが、バックスクリーンに映し出される映像もいい感じです。
https://m.live.leju.com/house/bj/6740583290761711678.html

 

 年越しイベントは今回は温州。12月31日から1月2日までの三日間、ロックバンドが集結するようです。31日のトリが崔健。なぜか杭州、徐州、温州と、浙江省が続いていますね、誰か熱心なイベンターさんがいるんでしょうか。 またまた感染拡大、なんてことにならないよう祈っています。

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 最後に、いつも私に情報を送ってくれる台湾のJosteinさんから、おまけのフォト。崔健の中学時代、1976年2月ですから14歳。「楽隊」というのはクラブ活動のようなものでしょうか。崔健がどこにいるか分かりますか?もちろん、すぐに見つけられますよね😃

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2019年5月 4日 (土)

TULIP CONCERT TOUR 2019 " is There "

 振り返ってみると1997年チューリップ再結成コンサート(武道館)以来の実に22年ぶり!本当に申し訳ないような年月の開き方。それも必要な時間だった、なんて言い訳。だけど私の中には間違いなくずっと、チューリップが存在していた。折に触れて繰り返し、自然と浮かび上がるメロディ。音を聞けば条件反射のように鮮やかに蘇る、心の奥底に染み付いた情景。懐かしさとも違って、そこにある「確かなもの」それが私にとってのチューリップ。。。こんなに長い連休、会社の売り上げも上がらないのにいいんだか悪いんだか、と思っていたこともあったけど、チューリップで全部帳消し!なんとかなる!そんな思いを抱きながら行ってきました横浜!

 5月のそよ風が潮の香りを心地よく運ぶ、爽やかな夕暮れ時。コンサート会場っていいですね!ワクワクした人たちがいっぱい集まってくる!見回した感じ、私と同年代(つまり五十代)かもっと上の世代の方がほとんど。ご夫婦でお見えの方も数多くいらっしゃいました。いいですね!ご夫婦でファンなのか、それとも奥さんがご主人を引っ張ってくるんでしょうか?いずれにしても一緒に行ってくれるご主人は素晴らしいですね。

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 昔は始終「キャ〜」という歓声に溢れていた客席も、落ち着いたもの。だけど時折聞こえる「財津さーん」「姫野さーん」だけじゃなくて「カズオー」とか「ジジイ!」中には「姫野さんカワイイー」「お客さーん」なんて呼びかけもあり、笑いを誘っていました。チューリップのファンってお茶目ですね。病気療養から復帰した財津さんには「財津さん頑張って!」の声がかかり、それには財津さんから「僕もう頑張れないかもしれない!」との返答。財津さんらしいです。

 サウンドはまさに匠のレベル。チューリップの四人に三人のサポートメンバーが加わり、曲によってはドラムスが二人、キーボードが三人になり、水も漏らさぬ分厚い演奏。特にギターの尾上さんを財津さんがとっても尊重している様子がステージ上に垣間見えて、言葉はありませんでしたがこの人がいるから僕らの演奏は成り立っているんです、感謝しています、という意図がひしひしと伝わりました。宮城さんはリードボーカルをとる曲でめちゃかっこいいギターソロ、存在感のあるところを披露。一番気になったのは財津さんの声が出るのか?ということでしたが、途中15分の休憩を挟んだり、曲順の構成にも工夫があったりして、かつてのような声量や高音の果てしない伸びはなくても「ああ、やっぱりさすがは財津さんだあー」と安心し、しみじみ感じ入り、力づけられました。

 印象深かったのはまず「もしも僕が」。安部さんの曲をメンバーがワンフレーズずつ歌い繋いで「安部君に届くように」。一人一人丁寧に歌う様子から安部さんへの鎮魂の思いが自然と溢れ出て感涙しました。そして「娘が嫁ぐ朝」。嫁いでゆく娘とともに、妻の墓標に「お前に会いにきた」という夫。今の私たちの年代になってようやくたどり着く境地です。こんな曲を財津さんは二十代の頃に作っていたんですね。すごいことです。「僕が作った愛のうた」もそうです。二人の孫がいる姫野さんのことを「うらやましい、一人分けてほしい」という財津さん、今だからこの曲がよく似合うようになったねと嬉しそうな曲紹介でした。そういう歳をとったからこそ味が出る曲がある一方、「夢中さ君に」もいくつになっても歌ってほしい。コンサートで一曲だけ、どうしてもやってほしい曲はと言われたら、迷わず「夢中さ君に」と答えたいです。照れながらでも、開き直ってでも、なんでもいいから一緒に歌いたいです。永遠なんてない、とわかっているから。最後に財津さんから「みなさんもお元気で」と声をかけてもらい、これからはお達者クラブだなと。達者な限りはまたチューリップを聞きに行こう。そう心に決めたのでした。

  

 

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2018年11月18日 (日)

師走のJAZZ LIVE

今年の年末はJAZZ!春にアルバムが発表されたこともあってか、12月6日・7日にブルーノート北京で崔健バンドのジャズライブ!しかも上・下と銘打たれているので、二日間の演目は別のものになるのでしょう。かつて来日時に東京のブルーノートへも出向いていたことが思い出されます。

http://www.bluenotebeijing.com/ticketdetail/c4daf880-707b-458d-88f2-16cad5107755

 こちらのサイトによると、自分の曲をジャズアレンジするということですが、過去にも北京ジャズフェスで飛入りジャムセッションが行われた時など、通常のライブではなく突発的に演奏されたことがあったのと、上海ジャズフェスにゲスト出演した時などに時折披露されていました。
 タイトルが「另一个空间」となっていて、アルバム「无能的力量」に収録されているあの曲から来ているのは間違いありません。まさに新しいもう一つの空間が開き、何かが生まれる。。。常に新しいものを追求して行く崔健らしいイベントになることでしょう。

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2018年11月11日 (日)

「A CLASSIC TOUR 學友・経典」 2018 東京站

 11月3日、北京の尤尤から微信で連絡があり、「張学友東京コンサート」に興味があるかという打診でした。正直私はお金を払ってまで行くつもりはなく、過去に東京で何回か開かれているコンサートへも一度も行ったことがありませんでした。「もし行くなら友人のところに無料チケットが2枚ある」。

 微信で送られてきた写真を見ると、そのチケットは尤尤たち業界の知り合い同士が融通しているであろう「招待」のプリントがある特別なもので、しかもSS席のアリーナ3列目、額面37,800円のプラチナチケット。「誰か東京にいる人にあげて」なんて会話があった上で尤尤が私(千葉だけど)のことを思い出してくれたのだとしたら、断るのも申し訳ない。こんないい席で見られるチャンスは二度とない。なんだか棚からぼたもちです。こういうオファーは受ける方がいい。そんな思いでありがたく頂戴することにしました。
 11月6日夜、チケットを取りに行ったのはコンサートクルーが宿泊しているホテルCONRAD TOKYO。最低でも一泊5万はするであろう、私とは縁もゆかりもないところですが、学友のおかげで立ち寄ることができたと思えば一瞬のラグジュアリーな体験でした。
 チケットをくれたZさんは香港映画の呉孟達の若い頃に似た感じで、「世界中を回ってやっているから必ず満足してもらえるはず」と胸を張っていました。せめてものお礼に、スパークリング日本酒をプレゼント。
 11月7日、私に同行してくれることになったMさんと、いざさいたまスーパーアリーナへ!Mさんとも久しぶりの再会でしたが、観客席では久々に中国さながらの雰囲気を味わいました。(前の席が空いていると後ろの方からどんどん座る!撮影禁止は無視!歌を聴きながら喋る喋る喋る。。。)
 印象に残ったのは学友のMCで、全て日本語で丁寧に話していました。「歳を重ねるごとに歌への思いが増してきています」というだけあって、若い頃以上に情感豊かに歌う90年代のヒット曲のいくつかは、私も所々口ずさみ、その曲がどこへ行っても流れていた当時のことを思い出していました。
 「簡単な広東語を教えます」と言って「左(ゾー)、右(ヤウ)、左、右」とペンライト(各席に備え付け、照明と連動して一斉に色が変わる!)を振ったり、「観客の中で一番いい表情をした人にプレゼントをします」というゲームをやり、一曲歌う間にスクリーンに観客席を映し出し、当選者の写真をイラスト風のパネルにしてサインを入れてプレゼントしたり。
 ステージパフォーマンスの豪華さ、素晴らしさについては「香港と同じ規模で日本でできたことは私の夢です」というほど、確かにこれぞエンタメ、と堪能したこともさることながら、むしろ客席とのふれあいのほっこり感に、学友の優しい人柄を垣間見た気がして私は満足しました。
 3時間の長丁場を歌いきり、ステージを後にする学友を見て、同世代の私も頑張ろう、としみじみ感じ入りました。天王は天王たるための努力を常に惜しまず。魅力は磨き続けるべきものなんですね。
 いい時間を過ごさせてもらい、尤尤、 Zさん、 Mさん、そして学友に心から感謝申し上げます。

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2018年4月 8日 (日)

今年もライブはメジロ押し!

 例年、春節前後は活動を休止して3月ごろから本格始動する崔健。春たけなわの今、すでにライブの計画が発表されています。2016年9月の北京から始まった「滚动三十」、今年は広州・武漢・南京・天津・重慶の六ヶ所。単独ライブの回数としては例年に比べても多い方ですね!

  さらに音楽祭も4月末から5月初旬の泰山雲上音楽節、太湖迷笛音楽節を皮切りに続々出演。音楽祭が開かれるのは風光明媚な景勝地であることが多く、中国のロックファンは連休を利用して、観光を兼ねて仲間同士ゆっくり滞在しながらロックフェスを楽しめる。。。羨ましい限りです。
 テレビ番組への出演はありませんが、湖南衛星テレビの人気歌番組「歌手」の3月オンエアで、崔健のカバーが二曲披露されました。
 テンゲル「从头再来」
 華晨宇「假行僧」
 幼い頃の一時期に両親と離れて育った寂しさがこの曲に共鳴し、魂の叫びとして表現した、という華晨宇。非常にパワフル!心に突き刺さるものがあります。

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2016年10月16日 (日)

30年の夢〜崔健北京LIVEリポート お土産プレゼント編!

 北京LIVEリポート、お読み下さいましてありがとうございました。こんなに長々と書くつもりではなかったのですが、動画があったのでついついコメントを訳したくなり、長くなってしまいました。でもそのせいで、崔健のメッセージが自分の中に一つ一つ落とし込まれた感じがします。

 実は尤尤からいただいたお土産があります。崔健本人もよく把握していなかったノベルティーグッズの「滚动三十 1986-2016 献给一无所有的一代人 笔记本」!ノートです。サイズはB5とA5の中間の大きさ。 非常にしっかりした作りで、何か書き込むのは勿体無いような感じです。値段は53元。
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 ノートというよりも、ちょっとした写真集のようでもあり、モノクロ印刷で写真が三十数枚。写真の下に簡単な説明が付いています。
 最初のページには最近のポートレイトに崔健が手書きしたコメントがあり、「過去の30年は僕のA面。未来はB面の始まりだ!君達がロックを好きでも嫌いでも、未来の30年後にも僕たちはやはりそこにいるだろう!」と書かれています。
 写真の中で思い出のあるものといえば・・・
 97年、崔健が自宅に作ったホームスタジオにあるパソコンで、私は「超越那一天」を見せてもらいましたが、写真の中にそのパソコンが写っています。
 98年、芳賀さんと一緒に行った石家荘のサッカー場でのライブの写真もあり、この時の崔健の衣装がすごく印象的でした。青いジャージみたいなジャケットに、黒いラメのシャツ(レスリー・チャンみたいだと思いました)。この衣装を着たのはこのライブが最初で最後だったと思います。モノクロなのでちょいと残念なのですが。。。
 そうそう、NHKの「プライム10」で映っていた、「成都的姑娘」の写真もあります。
 
 ファンなら是非とも手元に置いておきたいこのノート、私は自分で買ったので、いただいた一冊をどなたかにプレゼントしたいと思います。
  「欲しい!」という方は、私宛にメールでご連絡ください。その際に、崔健に関するコメントをお寄せくださいますようお願いします。(どうかご遠慮なくたくさんお書きください。好きな曲について、ライブについて、崔健の魅力について、アルバムや映画など、どんなことでも結構です。ブログで紹介させていただきます。
メールアドレスはこちらです。↓
polaris88jp@yahoo.co.jp
 ご応募おまちしております!

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2016年10月15日 (土)

30年の夢〜崔健北京LIVEリポート 打ち上げ編(その2)

 Kongさんが席を外している間に、崔健が来てくれた。「今日は失敗がたくさん有った。リハーサルの時間が足りなくて」と意外なことを言って大げさに頭を抱える。いきなりそんな弱みを漏らしてくれたら私はもう、うんうんと頷くしか無いではないか。失敗?どこが?有ったとしても誰もそうとは思わないよ。。。実際目についたのはスクリーンに映し出される歌詞が、歌とぴったり合っていないところがいくつか有ったことぐらい。でもどうでもいい。あんなに大きな会場で、完璧さよりも求めたいことはたくさん有るもの。「子供は元気?」「おかげさまで」「仕事はどうだ?」「凑合」「ハハ!」子供の話は必ずするのね。崔健のお嬢さんは今ニューヨークで会社勤めしているとのことだった。

 日本にまた来て欲しいなあ!やっぱり私が招聘しようかな。「いつかあなたを日本に招く、それが私の夢」「うん、そうか」。今回は前回とは違い「やめておけ」とは言われなかった。崔健はライブの最後に「中国で150万人のライブを開くのが夢」と言っていた。それには遠く及ばないけれど、あの言葉に力づけられて宣言した途端、自分の中に新しいエネルギーが生まれるのを感じた。

 Kongさんが戻って来た。自分の席に崔健が座っているので目を丸くしている。彼は数年前に広州のライブに行った時に崔健と一緒に撮った写真を持っていて、その写真に今回サインをもらいたいんだと、期待に胸を膨らませていた。そしてその願いが本当にかなった。「不可思議。この場に自分がいることが信じられない。雲の上の存在だった崔健の隣に座っているなんて」。

 しばらく私たちと一緒にいてくれて、「また後で。これからみんなに声をかけてくる」そう言って崔健はテーブルを離れた。

 Kongさんはマレーシア出身、シンガポールで小さなレストランを切り盛りしているオーナーシェフ。以前日本にもしばらく滞在したことがあるという。これまでに広州、北京、済南のライブに、いつも一人で出かけて行った。その果敢な行動ぶりは、長征倶楽部の名誉メンバーに値する。周りに崔健のことを話せる友達がいないので、ネットで検索して、いつも私に情報をくれる台湾のJさんのサイト経由で長征倶楽部を見つけてくれた。縁がある人というのは必ず会えるものだ。会ったのはこの日が初めてで、実は私はずっと女の子だと思っていた。だからお土産も女物のハンカチを準備していた。確かめもせずに申し訳なかったとお詫びししたのだが、彼には生まれて一ヶ月半の男の赤ちゃんがいるそうで、お土産は奥さんにあげることに。後から色々話を聞くと、KongさんはJさんと共通点が多い。二人とも善良、敏感で責任感がある。私もそうだけれど、周りに崔健のことを話せる友達がいないなら、三人で話そうよ。だってこんなに縁があるのだから。

 料理が辛い。「三様」(三種類)どころか次々に運び込まれてくる本格的な四川料理は、多くがこの上なく辛いのだ。今夜はこの辛さに酔いしれよう。。。

 会場には「七合板」の残りの四人のメンバーも来ていて、崔健・劉元・楊楽はそれぞれ離れた場所から彼らに大きな声で話しかけていた。本当に嬉しそう。

 宴会もそろそろ終わりが近づき、人が帰り始める頃になり、私は崔健にプレゼントを渡していないことに気づいた。尤尤に話すと、カーテンで仕切られた向こう側の部屋にテーブルを設けて、これからスチュワート・コープランドと話をするらしい。その前に少し時間をとってくれて、崔健に直接手渡すことができた。ウイスキーに決めたのは「中国之星」の収録スタジオで観客にウイスキーを振舞っているのを見て。選んだのは「響」、この名前がいい。空港には売っていないので銀座三越の免税店まで買いに行った。本当は、30周年にふさわしく、30年物にしたかったけど、ネットで20万以上するので普通のやつ。いつか私の夢が実現した時には30年物を贈ろう。「あなたの歌声はずっと私の心に響(xiang)いている、これからの30年も私はあなたを想(xiang)う、という意味です」。伝えてみて、ちょいと照れる。「謝謝、ウイスキーは大好きだ」。そんなこと、もうみんな知ってるよ〜。

 ライブ会場で記念品として買ったノートにサインしてもらう。台湾のJさんにも。ノートを手にした崔健が「これは日本で出ているのか、見たことがない」というので、今日ここで買ったものですよ、と言ったけど、自分のノベルティーグッズ、どうやらちゃんと見ていないみたいだった。。。(そんなんでいいんかーい!)

 その時尤尤が気を利かせて写真を撮ってくれることになり、尤尤とも撮りましょうというと、なんと崔健が私の携帯を受け取ろうとした。いやいや、今日の主役にシャッターを押させるなんてそれはいくらなんでも、申し訳なさにも程がある、三人で撮りましょう。それがこの写真。これまでの追っかけ人生の集大成である。

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 尤尤は2002,3年からマネージャーをしている。ということは過去30年間の半分は彼女が崔健のオフィシャル全てを取り仕切っているのだ。なんといっても彼女の功績が最大なのは間違いない。尤尤,本当にありがとう。我愛你〜!

 コープランドさんとも写真を撮らせてくれるというのでお言葉に甘えた。「お会いできて嬉しいです、ミスター・コープランド。私たち日本から来ました」というと「ソーリー、中国語を覚えたので日本語を忘れました、アリガト」と明るく接してくれた。北京へ来てからリハーサルばかりでどこへも行っておらず、翌日は崔健と頤和園を観光するということだった。

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 気づけば時計は午前一時を回っていた。私たちは崔健と尤尤に挨拶をしに行った。「下次再見!」

 帰りがけに劉元にも声をかけることができた。「30周年ライブの成功おめでとうございます」「謝謝川村〜、来てくれて嬉しいよ」。彼は打ち上げでたくさんの人たちと話しながら始終ニコニコ楽しそうだった。その笑顔に癒されて、私たちは会場を後にした。

 長い一日が終わった。

 

 

 あれから二週間が経ち、あの日を思い出すにつけ、拳を握りながら「くじけるな」とストレートに訴える崔健の立ち姿が頭を離れない。そして大きな希望を感じさせる新たなコミットメントに本当に力づけられた。崔健のプラスエネルギーによる浄化作用で、全てのことが承認された一日だった。

 ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞のニュースを見て、崔健が中国のボブ・ディランだと言われることに今私は激しく同意したくなっている。ボブ・ディランでもジョン・レノンでもいいのだが、彼らと同じように、とても普遍的な宇宙の真理を、崔健は日々の研鑽を通じていつしか身につけ、様々な形で発信し続けている。それこそが崔健の使命の一つなんじゃないだろうか。そんな気がする。

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30年の夢〜崔健北京LIVEリポート 打ち上げ編(その1)

 ライブには、慶功宴こと打ち上げがつきものである。

 昼間チケットを届けにきてくれたKevin君が、「今日の打ち上げは体育場の敷地の中にある三様菜」と教えてくれたので、私たちはアリーナに入る前から場所の目星をつけておいた。大きなネオンの看板がよく目立つ、四川料理のレストラン。体育場の周りは三里屯エリアに属し、バーやレストランがたくさんあるが、その中でも大きな店構えだ。

 店の入り口で待つことにしてベンチに腰掛け約20分。夜風が心地よい。ライブのスタッフたちがちらほらと店に入っていく。しばらくライブの余韻に浸っていると、ステージ衣装の黒い上下のままの崔健が、数名に囲まれてやってきた。早足で近寄ろうとすると警備員が阻止。一瞬の緊張、それを尤尤が「一緒のグループです」と振り払ってくれたおかげで、私たちは店の入り口からすぐのエレベーターに彼らとともにささっと滑り込むことができた。崔健と握手しながら「おめでとう。今日は本当に天気が良かった」というと、「予報では雨が降ると言っていたんだ」。そうか、やっぱり天気は気になっていたんだなあ。。。

 2階でエレベーターを降りるとそこが宴会場。主役の登場に拍手喝采。私たちはしばらく後から入場した。10人の円卓が10余り。人でいっぱい。入り口近くのテーブルが空いていたので座ろう。崔健の姿も見えるいい席だし!

 同じテーブルに張が!私は嬉しくて「張珊!覚えていますか、私20年前に瀋陽のライブで何日か一緒に過ごしました」と叫んでしまった。まあ覚えていないだろうなとは思ったけれど、「あなたの古が一番好き。今まで何人も崔健と共演したけど、あなたが一番。今日は本当に素晴らしかった(これは本心)。今は大学で教えているんですよね」と言うと「ええ、そう。なんとなく印象にあるわ、日本の。。。日本でも会いましたね」と、ちょっと困った表情に。無理しなくてもいいよ、私はよく覚えているから。彼女は今回、崔健からのオファーがあった時、もう20年も経っているのだから難しいんじゃないかと思う、と躊躇したのだが、「少し練習すれば大丈夫だ」と言われて出る気になったそう。彼女が出演した93年ドイツでの公演がビデオになって日本でも発売されているのだが、「日本のはないの?」と尋ねられ「聞いた頃がない、無いと思う」というと残念がっていた。

 程なくして、思いがけず空いている席に楊楽大がご光臨!(芳賀さん!重ね重ね良かったですね!)私とKongさんとで交互に「テレビ全部見ました」「一曲目の最初の音が出た瞬間に涙が流れて」「二曲目も三曲目もです」「そんなことは初めてでした」「超感動しました」と矢継ぎ早に浴びせかけてしまうと、楊楽大は手を合わせて拝むように深く頭をさげた。「すみません、楽しもうとして見ているのに涙ばかり出させてしまって」。あの優しいスマイルに、一同完全にノックアウト。。。そのあとは芳賀さんのレポートにある通り♡ 現在アルバム制作中とのこと、期待してます〜!

 そうこうしているうちにセレモニーが始まり、主催者やスポンサーの挨拶に続いて崔健も挨拶。

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挨拶する崔健、左下は楊楽大哥

  主催者は「巡回公演」と言っていたので、まだこの先も地方公演があるのだろう。(ちなみにほぼ毎年ライブのある深圳では、12月に有るらしい。)今回の入場者数は三万。尤尤からの情報によれば、チケットの売り上げ一千万元超えは北京での最高記録を突破した。アリーナだけで一万ということだが、このアリーナのチケットをほぼ売り切ったのがこの主催者のすごいところ。よく有る「贈票」と言って、いい席を関係者に無料で配ることをしなかった。だから盛り上がり方が違う。場合によっては前の席ほど静か、なんてことも有るのだ。

 

 さらにさらに、秋野先生が私の隣にご光臨!熱烈歓迎!ステージでコメンディアン的な一面を見せてくれた通りの、とても人懐っこい人。彼は私たちが日本から来たと知ると、「中国搖滾 DATA BASE」はすごい、自分たちでも知らないことがたくさん書いて有る、と痛く感心していた。確かにあのサイトはすごい。私も以前はよく参照させていただいた。今更ながらサイト運営者のご尽力には敬服している。ここまでまとめるには、一言では表現できない数々の苦労があったことだろうと拝察申し上げたい。思いついてさっきこのサイトを見てみた。秋野先生は山西省出身。ステージでの訛りは山西方言だったんだ。子曰はライブ活動を続けているそうで、崔健との共演も今後とも可能性がありそうだ。

http://yaogun.com

↑データベースのサイトはこちら


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2016年10月12日 (水)

30年の夢〜崔健北京LIVEリポート(その6) 特別編!

 今回の「長征」に参加してくださった芳賀さん。いつもブログにコメントありがとうございます。ライブの前には二人で一緒にマッサージに行って英気を養いました!付き合ってくださってありがとうございました。
 芳賀さんは偶然でなくライブ当日の9月30日がお誕生日。 本当におめでとうございました。普段は高校で中国語を教えていらっしゃいる芳賀さん。特別に、楊楽大哥への思いを綴ってくださいました。

楊楽って誰?

 去年の12月に全くロックには関心のない、中国人の友だちが「楊楽」の事を微信で知らせてくれました。「崔健の友だちでこのような人もいるよ」と彼女自身とても感動して知らせてくれたんですが。これが、中国音楽番組「中国之星」に出演されたものだったことをすぐ後で川村さんのブログで知りました。

 私は彼の事は知りませんでした。
 歌は衝撃でした。なにがと問われると・・
 少年のような透明感で、真っ直ぐに、何事にも捉われることなく表現し歌っている表情に、私は魅入ってしましました。(*^。^*)

 特に文革時代の辛い思いを歌った歌では、涙、涙、(こんな経験は何十年ぶりかな)初めて聞いた歌なのに気が付いたら、字幕を見て一緒に口ずさんでいました。

 自分の子ども(女の子)への歌等、まるで吟遊詩人そのまま。
 顔に刻まれた深いしわは、過去をすべて包み込んで、静かな平静の気持ちを表しているように見えました。

 それから彼について少し調べました。
 初めは崔健と七合板というバンドを組んで、短い間活動して、その後、フランスへ留学、ハーモニカの名手として有名なのでした。
 その後さまざまの人たちと音楽活動はしていますが、あまり表舞台に立つことはなかったようです。

 今回、崔健からのたっての願いで、番組出演して、自作の歌を歌うことになったようで、本人は、発表しようとして歌を作ったのではないとも言っているようです。(私が知る限りですが)

 彼に対する思いがいっぱいになっていたときに思いがけず、こんなにも早く彼に会うことができました。なんと崔健のコンサートにゲストとして出演するといううれしい知らせが川村さんからもたらされました。
 それも9月30日、なんと私の誕生日ではありませんか!もう天にも昇る気持ち!長く生きていればいいこともあるな~。

 当日のコンサートは大いに盛り上がり、(記述は川村さんの独壇場です)彼のハーモニカも堪能しました。ステージでは彼独特のクールなオーラ満載<m(__)m>

 少し残念なのは、彼の歌が聞けなかったこと、でもそれは仕方がないことですね。(あの構成から考えても)でもきっと、いつかそんな機会があると信じています。

 その後、打ち上げに参加させてもらって、(川村さんが「今日はこの人の誕生日です」と私を紹介してくれて。ありがとう川村さん!私は舞い上がっていて、ほとんど忘れていた(ー_ー)!!)彼から直接「誕生日おめでとう」と言われて、もうこの上ない幸せでした。
 日本から持って行った珍しいウィスキーを子どもが思わぬプレゼントをもらった時のような愛くるしい表情で受け取ってくれたのがとても彼らしいと思いました。 崔健と一緒においしく飲んでくれたらうれしいな。

 崔健とは音楽的にはかなり違うけれども、貫いているものは全く同じ、正真正銘の愛すべき「男子漢」。
 北京から帰ってきて、「中国之星」改めて見ています。

 待ってますよ、再会を!)^o^(


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